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【不安解消】父の自己破産、住宅ローンなど子供への影響は無い

楽しい事だけを考えて飯が二杯は食べれるなべですこんにちわ。

 

今ではとてもプラス思考で前向きなな私ですが、そんな私が24歳の頃に死ぬまで忘れることのできない出来事がおきました。それが父親の会社の倒産と自己破産でした。

 

正直、その当時は本当につらかったです。そんな普通の人が経験できない事を今となっては人に伝えれるぐらいまで復活したので、いないかもしれませんが、今もし同じ経験をしている人に少しでも力になれればと思い今回記事にしてみました。

 

結論から言いますと、あれから8年が経ちますが、精神的につらいことはありましたが、息子である私への影響はまったくなく、今では所帯を持ち、楽しい毎日を送っております。父、母も東京という離れた土地に引っ越しましたが今でも元気に暮らしています。

 

なべ
なべ
私は生まれも育ちも宮崎だよ(^^)/

 

父親の自己破産で子供への影響はまったくありませんので

あなたも頑張りましょう。辛いのは今だけですよっ☆

自己破産までの簡単な説明

創業100年の老舗ふとん店

父親は先代から続く、ふとん屋の社長をしており、母親やそして私も大学を卒業してから一緒に勤めて経営しておりました。私が小さな頃は経営もうまくいっており、周りの人よりは少し贅沢な暮らしができていたような気がします。

地元では、ふとん屋といえばココって言ってもらえるぐらいの知名度でした。昔は、結婚するときにはお嫁さんが婚礼布団を準備して嫁ぐという風習で、ふとん屋はいつも売り上げがあがり、生計がたっておりました。

なべ
なべ
ふとん屋の息子って言われるの大嫌いだったけどね!

大型ショッピングモール参入による、客離れが原因で倒産

しかし、時代の波はどんどんと変わり。。。大型ショッピングモールの出現、婚礼布団の需要低下などで経営は激変。年々減り続けるお客様、そして売り上げ…

なんとか経営を立て直そうと365日休みなく働く父の姿は今でも忘れる事はありません。

そして、資金的にもいつも協力していた卸企業が連絡もなくいきなりの倒産…。そこからの資金を毎月の支払いのあてにしていたうちの会社は、月末の支払いが間に合わないと気づき月末まで残り1週間ぐらい、色々な人に頭を下げたり、資金繰りをしましたが、乗り越える事ができなく、手形が不渡りとなり倒産しました。

当時の自分は若く、何もすることができないままただ、途方に暮れました。

その1週間という期間はこれからどんな事が起こるのか分からない不安と恐怖で、家族で毎日震えました。そして、見たこともない父、母の不安そうな表情、今でも忘れる事はできません。

そして、父は何もすることができず、その時の負債総額は覚えておりませんが、何百万円の負債を抱えて、支払能力を無くし自己破産手続きを行う事にしました。

そして父親は自己破産、両親は東京へ

倒産が確定した日に、父と母は地元に残りたくないと言い、会社と実家をそのままにして兄のいる東京に行くとの事(俗にいう夜逃げ)、しかし私は一緒に来なさいと言われたが、新しい土地へ行く不安や、逃げたくないという気持ちで一人で残る事を決心しました。

あの日の事を考えるだけで今でも涙がでる思いです。もう本当にどうなるのかも分からない、どうしたらいいかも分からないという思いだけで判断しました。今思い返せば、その時がとても大事な人生のターニングポイントでした。

そもそも自己破産とは??

裁判所で全ての債務を免除してもらう手続きです

裁判所で支払いが不可能であると認められ、免責が許可されると、税金等を除くすべての債務を支払う必要がなくなります

なべ
なべ
ギャンブルで作った負債や借金は認められない場合があるので注意です!

一定以上の価値のある財産は手放すこととなります

財産はお金に換えて、債権者に配当されます。裁判所で定める基準を超えない財産(20万円以下の預貯金など)は手元に残すことができます。(私の両親はすべてを放棄しました。)

家族には影響ありません(これが一番大事)

保証人になっていない限り、家族に迷惑がかかることはありません。家族がローンを組む時に悪影響があることもありません!

なべ
なべ
リスクもありますが、とても助かる仕組みですね!

すべてを無くし0からのスタート

彼女にもふられいきなりに無職になった24歳、

絶望的な時期を迎え、これからどうしたらいいのかもわからず、持っていた貯金はすべて会社の為に使い、車も売却し、残ったのは貯金0の通帳とその当時の彼女だけ。

見たこともない、私の自信を喪失した表情と言動。(何日か本当に死のうと思うぐらい病んでいました)そして、そんなどうしようもない自分に耐え切れず、唯一の助けだった彼女にもふられました。

なべ
なべ
今思えば、絶望的な未来も無い男なんて捨てられて同然!
なべ
なべ
1年後、自分が元気なって頑張っている時に、よりを戻そうと言われましたが振ってやりました!キリッ

その時は本当にお金が必要で一生懸命仕事しました。朝はヴィレヴァンで働いて、その後に居酒屋で働いて、その後コンビニで朝まで働いてという生活でした。1日18時間ぐらい勤務を休み0で2年間は頑張りました。。

家の電気止まり、飯はコンビニで賞味期限が切れた廃棄商品を食べてました。友達の親のコンビニだった為、もって帰らせてもらったりして毎日賞味期限が切れたものを食べて生き延びました。

人間は辛くても、乗り越えられるようになっているんです。辛さを乗り越えると誰にも負けないぐらいのメンタルと根性が備わってます。

子供への影響はまったく無し

金融関係の凍結や・取り立てなど息子への影響は無し

あれから8年の月日が経ちますが、親の自己破産の影響がでた事は何もありません。(メンタル的な事は除いて)

借金取りが来るんじゃないかとか想像しましたがまったくそんな事はありませんでした。

最初の1年ぐらい頑張ればなんとかなる

別に仕事している人とかは大丈夫だと思うけど、私みたいにその会社で勤めていた人なら、仕事も何もかもなくなるので最初の一年は頑張る時だと思う。我が家は特殊すぎるのかな?

でも、みなさんどんな状況だろうが負けないで下さい。絶対に乗り越えられます。

実家や会社の売却手続きなんかは、勝手に行政がしてくれた

当たり前の事なんですが、実家と会社は競売に出されました。

これ、結構心配していたことなんだけど、倒産した後の実家や会社の手続きとかどうするんだろう。って疑問がありました。私の場合は、自宅や会社にあった必要な荷物などは、一目の付かない夜中などに入って整理して、東京の兄の家にすべて送り、後はすべてそのままにしました。(家具や洋服や荷物などほとんどそのままにしちゃいました。)

その後は行政が色々と動いてくれて、すべての資産はとられましたが、何事もなく手続きは終わりました。(今は別な人が暮らしています)

今思えば、色々思い出の物とかは持ち出せばよかったなと思ってます。

住宅ローンも大丈夫でした!

私自身が結婚して、妻がマイホームが欲しい!って言ってからというもの、とても気がかりだったのが住宅ローン大丈夫なの?っていう疑問でした。しかし、ちゃんと現在仕事をしているという事もあり、先日住宅ローンの申請にも無事に通りました!

しかし、自己破産をした父親を保証人にする事とかが出来ないので注意です。

なべ
なべ
私の場合は兄にお願いして保証人枠になってもらいました

両親は今…

現在は、母は東京で保育園でパート職員をし、父は少し体調を崩しているため、生活保護を受けながら生活しております。東京という土地で、もちろん贅沢はできませんが、当たり前の生活させていただいている日本の国のシステムには本当に感謝する毎日です。

宮崎と東京という距離な為、年に1回も会う事はできませんが、あの時の辛かった事を考えると、平凡ではありますが、父、母が生活できている事に日々感謝です。

両親にとっても、売り上げや支払いなど毎月苦しい思いをする生活から抜け出せて本当によかったんじゃないかなって今では心の底から感じております。

まとめ

辛いのはその時だけ、諦めない心が大事

何事も時間が解決してくれる。あんなにつらかったのに、今思えばあの時の経験があったからこそ、どんな事にも動じない心の持ち主になったと思う。

言い方は悪いが、あの時に倒産していなければ私は今の会社や妻と出会う事もなく、最愛なる二人の子供にも勿論出会えなかった。

あの時はこんな気持ちになるなんて想像すらできなかったけど、辛い時を乗り越えるとどんな事も幸せに感じられるようになる。

 

私って、温かいご飯が食べれるだけで、幸せって感じれるんですよ。8年経った今でも。

 

当たり前が、当たり前じゃない時があるんだけど、必ず乗り越えられるから皆頑張りましょうね。こんなブログ誰も見ないかもしれないけど、一生で一回でも誰かの目にとまり力になれれば幸いです。

 

 

あなたのこれからに幸あれ